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現存天守12都市で同盟締結、弘前市長が来彦

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 江戸時代またはそれ以前に建設され、残っている「現存天守」がある12都市で同盟を締結しようと、弘前城がある青森県弘前市の葛西憲之市長が17日、彦根市役所を訪問した。
 東京五輪がある2020年に合わせて、弘前市の葛西市長が外国人観光客の誘致を目的に12都市で互いに城やまちの魅力をPRしていこうと企画。すでに5月に姫路、松本、松江、6月に高知、丸岡城の坂井を訪問している。
 6市目となった彦根には葛西市長と同市職員2人のほか、弘前市のキャラクター・たか丸くんが訪れ、現存12天守同盟への参加を呼びかけた。米国訪問の大久保市長に代わって山根裕子副市長が対応。市も参加する意向を示した。
 なお現存天守は彦根、姫路、犬山、松本、松江の国宝5城と、弘前、丸岡、松江、備中松山、丸亀、松山、宇和島、高知の7城。

江竜喜信さん歴史小説・高綱と重源 発刊

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 源平合戦の「宇治川の先陣争い」で知られる近江ゆかりの武将・佐々木高綱の平家打倒の歩みと、東大寺再興を描いた小説「高綱と重源」を、米原市下丹生の江竜喜信さん(71)が執筆、叢文社から出版された。
 近江源氏を源流とする高綱は源頼朝の伊豆での挙兵に加わり、義経とともに参戦した宇治川の戦いでは対岸から弓を放つ木曾義仲軍へ向け、頼朝から与えられた名馬「」にまたがり、武将・梶原景季と先陣争いをした逸話が残っている。平家の滅亡後は東大寺再興を担う僧・重源のため木材の調達に奔走し、後に出家する。
 江竜さんは「宇治川の先陣争いで有名な高綱が、重源との出会いで東大寺再興の木材調達に自分の人生を捧げた点に感銘を受け、小説にした。出家後の姿は確たる資料が得られず描けなかったが、地元ゆかりの近江源氏の高綱の生き様を知ってもらえれば」と話している。
 江竜さんは彦根市役所市史編纂室長、議会事務局長などを経て退職。彦根市西地区公民館長なども務めた。これまでの著書に「一期の決断 大谷刑部」「小早川金吾秀秋」「由比正雪の乱」など。
 本書は四六判232ページ。1404円。各種インターネットのショッピングサイトで購入できる。

楽々園の修理現場で見学会

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 彦根市金亀町で修理中の楽々園で20日、建物の説明会があり、市民ら48人が参加した。
 楽々園は彦根藩四代当主・井伊直興によって延宝5年(1677)から2年間かけて作られた下屋敷で、江戸時代は槻御殿と呼ばれた。文化10年(1813)に十一代・直中が隠居した際に大規模な増改築を行い、御書院棟や翌年に御茶屋敷として建てられた地震の間、雀(すずめ)の間、おかるの間、雷の間、楽々の間、紅葉の間などが数寄屋建築で増築された。以降縮小され、現存する建物の規模は当時の10分の1以下になっており、明治14年から平成6年までは旅館として営業。また昭和22年以降は井伊家から彦根市の所有になっている。
 説明会では市教委文化財課の職員が平成25年度から修理工事をしている地震の間、雀(すずめ)の間、おかるの間、雷の間、紅葉の間の状況を解説。特に地震の間については礎石の上に土台を築き、足固めと呼ばれる横木を用いながら根元で倒れることを防ぐ耐震構造が紹介された。また各棟の一部の木材には、旅館として使われていた昭和30年に火災があった際のこげ跡も見られた。
 御書院棟の修理は終えほかの棟の修理は平成28年度までに終わる計画。以降、楽々の間の修理、現存しない茶室「虎鋸(こきょ)」や長屋門の復元が行われ、全体の整備完了は平成37年度の予定。

井伊直弼公 槻御殿で幼少期過ごす

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 井伊直弼公生誕200年祭に合わせて、滋賀彦根新聞は直弼公についてあまり知られていない歴史や逸話を「井伊直弼 考」と題して紹介していく。初回は直弼公誕生から槻(けやき)御殿での生活。
 直弼は父親で彦根藩井伊家の十一代当主・直中とお富の間に、文化12年(1815年)10月29日(西暦では11月29日)、彦根城内の槻御殿で生まれた。午前10時ごろの出生で、尾末町御屋敷(後の埋木舎)の付き人が記した日記では、母子共に健康だったとの記録が残っている。14男で20人兄弟の19番目だった。
 その3年前の文化9年、直中は47歳の若さで藩主の座を息子(直弼の兄)の直亮に譲り、彦根に戻って槻御殿の大規模な増改築を行った。その規模は現在の約10倍で、翌10年から江戸の町方出身のお富を彦根に招いて一緒に住み始めた。
 2年後に誕生した直弼は生後7日目の祝儀の時に鉄之介と名付けられ、文化14年ごろには鉄三郎に改名している。兄の直亮が藩主に就き、ほかの兄も他大名や藩重臣の養子になっている中、直弼は兄の直元、直与(とも)と、5歳年下の直恭(やす)と共に槻御殿で一緒に過ごした。当時は大名家で父親と一緒に暮らすことが珍しい時代で、直弼は家庭的な雰囲気の中で幼少期を過ごした。
 直弼は、芸道や趣味に時間を費やす直中の影響を強く受け、能や文芸に接し、愛好していた。文政7年(1824)の「大殿様附側役日記」には10歳の直弼が直中と一緒に鼓の稽古をしている様子が記されている。また直中は寺院の建立や再興を積極的に進めており、その影響を受け、直弼も井伊家の菩提寺・清凉寺で仏道を学んでいる。槻御殿には17歳まで過ごした。【山田貴之】

西村久子県議の議長就任350人祝う

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 彦根犬上選挙区選出の西村久子県議(71)の議長就任を祝う会が25日、彦根ビューホテルであり、地元の政治、経済界から約350人が参加した。
 祝う会で、発起人代表の國松善次元知事は「県議会初の女性議長として、県政の大きな力になって頂きたい」、三日月大造知事は「農業者として、女性として、母親・祖母として、人口減少の時代に新しい豊かさを共につくっていきましょう」と語った。ほかに厚生労働大臣政務官の高階恵美子参院議員、国土交通大臣政務官で滋賀2区選出の上野賢一郎衆院議員、大久保市長もあいさつした。
 西村議長は「男性よりも一歩引く姿勢の時代に生まれ、目立たない所で精一杯自分を表現しようと選んだのが農業だった」と昔を振り返りながら、「市内で一番小さな学区から市議、県議となり21年目を迎える。滋賀県は一刻も早くJRと信頼関係を取り戻す必要があり、国との関係も県民生活を向上させるために協議が必要」「以前は表に出ることが少なかった女性だが、今は共生の時代で、実力とパワーを備えた方々がたくさんいる。若い世代から政治の世界に羽ばたいて頂きたい」と述べた。
 祝う会には女性活躍担当・内閣府特命担当大臣などを務める愛荘町出身の有村治子参院議員(比例全国区)も登壇。人口減少社会に対応する戦略として浮上している移民政策について慎重論を展開した=写真
 有村大臣は人口減の中で15歳以上の労働者人口の減少が経済成長などの点で厳しくなるとした上で、その対応策として浮上している移民政策について「世界との友好の面では大事だが、治安など守るべきものがあり、多くの日本人にその覚悟ができているだろうか。移民政策の前に女性の活躍など、やるべきことがある」と指摘。
 西村議長についてはイギリスのマーガレット・サッチャー元首相を例にあげながら「サッチャー元首相も西村議長も週末は家族と過ごす普通の主婦の一面があるが、西村議長には確固たるリーダーシップと農業者としての土着の強さがある。その強さを生かして滋賀のためにがんばって頂きたい」と激励した。

認知症早期対応で彦根市認知症HOTサポートセンター設置、認知症初期集中支援チームや認知症カフェ

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 彦根市竹ケ鼻町のすみよしクリニックデイサービスセンターに、認知症の人が住み慣れた地域で自分らしく暮らし続けるための施設「彦根市認知症HOTサポートセンター」が設置。23日に開所式が開かれた。
 市は認知症に対する取り組みを推進させるため、市内で唯一、医療と介護が連携して認知症対策に取り組んでいるすみよしクリニックに事業を委託。HOTサポートセンターは▽認知症の早期の段階で対応するための「認知症初期集中支援チーム」の設置と運営▽認知症や家族を支援するサポーターの育成など普及啓発▽認知症患者と家族らが集う認知症カフェの運営に関する助言―などを行う。
 これまでは、市内5カ所(相談窓口は7カ所)の地域包括支援センターが認知症の人や家族らからの相談に応じる体制だったが、認知症の人が医療機関の受診を拒んだり、介護サービスを利用しなかったりして、対応が後手になることで症状が進んでしまうことがあったという。
 国は新戦略・オレンジプランで平成30年度までに全市区町村で認知症初期集中支援チームを配置するよう求めている。
 彦根に設置されるHOTサポートセンターでは医師や看護師、理学療法士、介護福祉士ら専門職で10月ごろに支援チームを結成し、各地域包括支援センターと情報を共有。かかりつけ医ら医療機関の助言を受けた上で、認知症の人の自宅に訪問して支援を行う。また今年秋以降に市内の1、2カ所に認知症カフェを設ける。
 開所式には大久保市長や市議、市職員、福祉施設職員ら約30人が参加。市長やすみよしクリニックの住吉健一院長のほか、ひこにゃんも加わってテープカットをした後、看板が設置された。式典で住吉院長は「HOTサポートセンターでは介護と医療をつなぐ橋渡しの一端を担いたい。認知症サポーターを増やすことで、認知症の方に安心して暮らしていける環境が提供できる。彦根市の住民全員が認知症サポーターになって頂けるよう目指したい」と話していた。
 なお、国の統計では65歳以上の15%が認知症の症状があるとしており、彦根市内の人口で換算すると約3800人が該当する。

東京芸大卒業後に彦根移住 石田三成にひかれ、武田まりんさん

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 東京芸術大学在学中に彦根への移住を決め、卒業後に芹川町に移り住んでいる女性がいる。京都アートスクール彦根駅前校非常勤講師の武田まりんさん(25)だ。武田さんに彦根にひかれた理由やまちの魅力などを聞いた。
 武田さんは鹿児島県奄美大島生まれ。父親の仕事の都合で幼少期は関東地方で過ごし、小学5年生からは東京都東村山市で生活。小学生のころから絵を描くのが得意で、都立高校に進学後は美術の予備校に通い、2浪の末に東京芸大に入学し、美術学部絵画科日本画専攻で学問に励んだ。
 一方で、小学校の時から図工・美術のほか、歴史も好きだった。中学の歴史の授業では、ハンセン病の患者だった戦国武将・大谷吉継が口をつけた碗に入った茶を石田三成がそのまま飲んだ逸話を知り、三成ファンに。高校時代にはゲーム・戦国無双にはまり、「佐和山がある彦根に訪れたい」との気持ちが増していった。
 武田さんが高校生のころは、ちょうど歴女ブームが始まった時期。「名実ともに」歴女になった平成24年11月の大学3年のころには、東京芸大の宿泊施設がある奈良市内に泊まりながら2週間、奈良や京都のまちを巡る「古美術研究旅行」に参加。その中で自由時間になった1日を利用して、彦根を一人で初めて訪問し、彦根城や玄宮園などを歩き回った。その時のボランティアガイドや道を教えてくれた書店の女性店員らがとても親切で「彦根には良い人しかいないのでは」と思った。
 2度目の訪問は平成25年11月。彦根市内のホテルに宿泊すると戦国グッズの特典が受けられる「三成パック」を友人と2人で活用。その時に佐和山城跡やほかのゆかりの地を回り、「彦根に訪れたい」から「いつかは彦根に住もう」との思いに変わった。
 以降もインターネットなどで滋賀県について検索すると、彦根以外にも長浜や坂本、甲賀、近江八幡など歴史あるまちがあることを知り、大学の卒業制作を終えたその年の12月には彦根移住を決意。昨年2月に再び友人と彦根を観光して以降も何度か来彦し、6月から芹川町のアパートに住み始めた。
 今年5月にはひこねお城大使にも就任。「彦根にはいいものがいっぱいある。私のように『彦根に住みたい』と思う人が増えるよう、これからも魅力を伝えていきたい」と話していた。(聞き手・山田貴之)

流木製の震災バイオリンのコンサート、彦根の児童合唱団も参加

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  東日本大震災時の流木で作られたバイオリンを使ってのコンサート「千の音色でつなぐ絆」が9日午後2時半~ひこね燦ぱれすである。
 東京都渋谷区に工房を構えるバイオリン修復家・中澤宗幸さんが、震災が風化されずに支援が継続されることを願い、国内外のバイオリニスト1000人が流木製のバイオリンを各地で演奏するプロジェクトを提唱。中澤さんが流木を使って製作したバイオリンの表板と裏板をつなぐ魂柱には岩手県陸前高田市の奇跡の一本松の部材も使われているという。
 震災翌年の3月11日から始まり、現在はバイオリン4丁、ヴィオラ2丁、チェロ1丁が製作。これまでに400人以上が演奏しているという。東日本大震災復興を応援する滋賀有志の会はプロジェクトに賛同し、バイオリニストやピアニスト、声楽家計6人や子どもの合唱団を招いたコンサートを企画。流木製のバイオリンは1丁使われる。
 当日、第1部では彦根JOYジュニアオーケストラによるパッフェルベルの「カノン」、プロジェクトを運営する命をつなぐ木霊の会の又川俊三会長による講演「『震災直後』と『今』」、バイオリンとピアノによる「愛のあいさつ」など。第2部では彦根児童合唱団・いなえ少年少女合唱団・彦根JOYオーケストラの唱歌メドレー、「いのちのうた」「そこにあなたがいてくださることは」などの後、来場者を加えた全員で「花は咲く」を歌う。
 実行委員長の日下英治さんは「『バイオリン』の音色と共に、被災地の方々へ心を寄せつつ、天災に備えるきっかけにもして頂きたい」と話している。入場料は大学生以上1000円、小中高生500円、乳幼児100円、収益金は陸前高田の復興に活用。チケットは文化プラザ、ビバシティ・アルプラザ彦根で販売。問い合わせは日下さん☎(27)1398。

動く図書館・たちばな号 50周年で歩みパネル展

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 本を車に乗せて市内各地を巡回している「動く図書館『たちばな号』」の運行が11日に50周年を迎えるため、1日から彦根市立図書館ロビーで50年の歩みパネル展が開かれる。
 市立図書館は市民公募で最も多かった車名からたちばな号と命名し、昭和40年8月11日から巡回貸し出しを始めた=写真は初代。当時は約1500冊の本を載せて市内43カ所のステーションを巡回。自家用車が少なかった昭和45年には年間2万6500人以上の利用があった。
 現在の6代目のたちばな号は平成24年3月26日から運行されており、約3000冊を載せて市内52カ所を巡っている。昨年の利用者は3544人だった。
 パネル展では初代から現在までのたちばな号や関連の歴史を紹介。8、9日には市立図書館の玄関前にたちばな号を展示する。開館は午前10時~午後6時、30日まで。

彦根・北びわ湖花火大会に15万人

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 彦根・北びわ湖花火大会が1日、松原水泳場周辺であり、約15万人(実行委発表)が訪れた。翌朝には周辺の清掃活動が行われた。今年は井伊直弼公生誕200年に合わせて、花の生涯をイメージした花火や井げた型のも打ち上げられ、計約1万発が夏の夜空を彩った。
 大会後半ではプレジャーボートが打ち上げ場所付近に進入したため、約5分間中断した。一昨年も大学生の遊泳で中断するハプニングがあった。
 2日の清掃活動には地元自治会や彦根西中学校、市職員ら計約400人が参加。彦根港や松原水泳場などのごみを拾った。西中バスケ部の諸岡鈴さん(13)は「ごみ拾いはすっきりします」と話していた。

ひこね夏まつり 彦根ばやし&ゆかたフェス8日 稲枝でもサマーフェスタ

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 彦根ばやし総おどり大会と彦根ゆかたまつりが今年は8日に「ひこね夏まつり 彦根ばやし&ゆかたフェス」と題して初めて同日開催される。
 ゆかたフェスは夢京橋キャッスルロード一帯で午前11時~午後5時半に開催。浴衣・甚平姿の来場者対象の抽選会が計3回ある。午後3時半~はステージで彦根ばやし総おどりの第1部「彦根の伝統芸能」が開催。新曲彦根ばやしに合わせて、ゲイヤダンススタジオの子どもと彦根商工会議所女性部による演舞、小野町太鼓踊り保存会・高宮町かぼちゃ踊り保存会・大藪おどり保存会の演舞がある。昔ながらの縁日が楽しめる子ども広場、屋台村もある。
 総おどり(第2部)は中央・銀座商店街で午後6時50分~同9時に開催。27団体・1100人が出場しての例年通りの彦根ばやし後の午後8時過ぎ~江州音頭がある。
四番町でフラッシュモブ
 まちゆく人が突然踊り出す「フラッシュモブ」のパフォーマンスが8日午後5時~と同6時~彦根市本町の四番町スクエア内である。
 文化プラザが昨年の彦根城フェスで開催したのに続いて2回目。ダンサーの北村成美さんを講師に招き、市内外の男女約30人が7月12日と26日に練習してきた。参加者は浴衣を着て登場する予定。昨年の1回目は来場者が飛び入りしていた。
ひこね万灯流し
 ひこね万灯流しが6日午後6時半~市内の芹橋付近で行われる。ミニコンサート、法要、光の腕輪進呈、抽選会など。灯ろうは会場でも販売。
稲枝ルミネも開催
 サマーフェスタin稲枝が8日午後3時~稲枝地区ふれあい広場とみずほ文化センターである。同日~16日は「稲枝ルミネ」と題し、稲枝支所からふれあい広場までイルミネーションが点灯する。
 園児と小学生低学年向け三輪車レース、キッズコーナー、大道芸、夕涼みコンサート、模擬店、チャリティーバザー、稲枝ルミネ点灯式、江州音頭、抽選会など。コンサートにはプロの大木櫻子さん(下稲葉出身)と高木充江さん(上稲葉在住)が登場。稲枝ルミネでは、稲枝地区の3小学校の児童たちが家族や友人の笑顔を大型あんどんに描いた「あかり&笑顔」を8日~10日に稲枝地区体育館に展示する。

犬方町でヒマワリ満開

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 彦根市犬方町の国道8号線沿いの田園地帯にヒマワリが咲いており、道行く人たちの注目を集めている。地元住民らによる犬方環境美化協議会が休耕田に植えた約10万本のヒマワリが見ごろを迎えている=写真

滋賀県消防操法訓練大会で彦根の第3分団が3位

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 消防技術の腕を競う滋賀県消防操法訓練大会が2日、東近江市の県消防学校屋外訓練場であり、彦根市消防団として出場した第3分団(城東学区)が3位になった。
 県と県消防協会が県内消防団員の消防技術の向上と士気の高揚を目的に開催しており、50回目の今年はポンプ車操法の部に14チーム・126人、小型ポンプ操法の部に12チーム・96人が参加。
 彦根市内には15の分団(本部入れると16)があり、今年は第3分団が市内の分団を代表してポンプ車操法の部に出場。第3分団は20歳代~50歳代の26人が所属しており、今年3月から城東小学校体育館で体力作りに励み、4月以降は月曜から土曜日までの毎朝5時からカインズ2階や南分署で訓練してきた。
 大会には選手5人が出場。ポンプをつなぎ合わせて約60㍍離れた標的を倒すまでの時間と操法の正確さを競う内容で、第三分団は見事3位入賞を果たした。分団長の宮本美弘さん(57)=芹中町=は「もっと上を狙っていたが、選手たちは訓練の成果を発揮してくれた。うれしく思う」と話していた。

戦争経験者の元航空隊員・笠井智一さんと本紙・押谷盛利会長「日本のため ただその一心」「反安倍は中国喜ばす」

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 今年は戦後70年にあたる。彦根市内では1日、戦争経験者の講演会が開かれ、当時の日本の状況や亡くなった戦友たちへの思いを話しながら、戦争を知らない来場者に国を愛する大切さなどを伝えた。
 大学サテライトプラザ彦根では神風特攻隊の護衛役を務めた元航空隊員の笠井智一さん(89)が、県内の教員や企業経営者ら対象の「夏の合同学習会」で講演
 笠井さんは昭和17年の16歳の時に飛行予科練習生として土浦海軍航空隊に入隊し、練習生を経て翌年、第263海軍航空隊に配属。以降、硫黄島やサイパン島、グアム島などに進出した。その時について笠井さんは「今の人は赤紙が届いても『断ったら良い』と思うかもしれないが、断れるはずがない。日本の勝利のために米国と戦う、米国に勝利するという思いだった」と解説した。
 昭和19年10月には神風特攻隊を護衛する直掩(ちょくえん)任務に就き、レイテ沖の作戦に参加。笠井さんは「日本にはお袋や兄弟がいたが、当時は本当に命が惜しいという思いはなく、ただ『日本のためにやるんだ』という一心だった」と振り返った。
 現代の日本については、祝祭日には必ず国旗を自宅に掲揚していることを紹介した上で「多くの政治家や学者は平和ボケしている。日本人として生まれてきたのだから、国旗と国歌は大切にしなければならない。学校教育でも子どもたちに国旗や国歌について教えてほしい」とアドバイスした。
 戦争経験者で本紙の押谷盛利会長も彦根市倫理法人会のモーニングセミナーで「マスメディアの立つ位置と視聴者の見識」をテーマに講演。
 安倍政権が進める安保法案について押谷会長は、東シナ海や南シナ海で中国の軍艦が公然と航行し、軍事拠点も整備していることにふれ「安保法案は守りの礎であり、日本は安倍首相を中心に脱皮しようとしている」と賛意を示した上で「安倍首相をたたくことは、中国や韓国、北朝鮮を喜ばせるだけだ」と指摘した。
 また安保法案を「戦争法案」と論じて反安倍キャンペーンをしている一部マスコミをあげながら「紙面内の文芸欄まで安倍首相を批判する内容を載せるのは偏向報道甚だしい」と批判。「国家は運命共同体であり、反日を国是とするのが良いはずはない。歴史と伝統ある祖国を愛する国民が変な考え方に惑わされることはない」と述べた。

東郷平八郎と乃木希典の肖像画展示、旧豊郷小学校で戦時中は講堂に掲揚

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 旧豊郷小学校で、元帥海軍大将だった東郷平八郎(1848~1934)と、日露戦争時に旅順攻略戦を指揮した元陸軍大将・乃木希典(1849~1912)の肖像画が31日まで展示されている。
 この肖像画は、同校が開校した昭和12年から戦争終結まで講堂の南側に掲げられていたとされ、いずれも佐賀県出身の画家・松尾松濤(しょうとう)が描いた油絵(縦104㌢×横84㌢)。
 東郷は元薩摩藩士で、明治時代の日清・日露戦争では日本海軍の指揮者として勝利に貢献し、日本の国際的地位を上げた人物として知られる。
 乃木は元長府藩士で、日露戦争時の旅順を攻略する戦いを指揮したほか、後の昭和天皇の教育係も務め、明治天皇の後を追って殉死した。
 同校には昭和の戦時中の戦意高揚を目的に掲示されたとみられる。終戦後に取り外され、現在は同校開設の資金を寄付した古川鉄治郎の肖像画と校歌の額が代わりに掲げられている。
 展示場所は同校2階の理科室。31日まではほかに、空襲時に飛行機を監視するための「航空機距離及び高度測定器」と、米軍の通信兵が使用した電池(バッテリー)も展示している。
 見学対象は理科室や理科準備室、貴賓室など普段は非公開の部屋が見学できるツアーの参加者のみ。ガイドブックとガイド付きで、4人以上の場合が一人600円、10人以上が500円。申し込みは1週間前までに豊郷町観光協会☎(35)3737。

滋賀県護国神社で13日〜みたま祭

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 彦根市尾末町の滋賀県護国神社は13日から「みたま祭」を営む。
 戊辰戦争から大東亜戦争までの数々の戦いにおいて命を落とした県内の戦没者の御英霊を慰霊すると共に、感謝の誠と平和への祈りを捧げるため、昭和52年から毎年この時期にみたま祭を取り行っている。
 39回目を迎える今年も同神社の境内には約5000灯の提灯(ちょうちん)が飾られており=写真、13日午後6時~点灯式、14日午後6時~献灯協賛者安全祈願祭、15日午前11時半~全国戦没者追悼慰霊祭、祭典後におにぎりと味噌汁が無料で提供され、午後6時~県下戦没者追悼慰霊祭がある。
 今年は戦後70年目のため、14日の祈願祭の時に滋賀県神道青年会の有志による雅楽とみたま慰(なご)めの舞の奉納もある。提灯の点灯は午後6時~同9時半。
 拝殿では滋賀県遺族会による遺骨収集のパネル展、花道・翠香流の竹中翠香さんと翠香流社中による生け花展、彦根きり絵研究会によるきり絵あんどんの展示がある。このほか、境内には露店も出る。

高宮町のユクリ墓地内の海軍砲弾と機械水雷の説明碑設置

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 彦根市高宮町のユクリ墓地内に保管されている海軍の砲弾(直径28㌢)と機械水雷(直径約1㍍)について解説した説明碑(高さ1㍍×幅24㌢)が同墓地内に設置。10日に除幕式が開かれた。
 高宮町遺族会の北川國男さん(73)が戦後70年に合わせて、これからも平和が続くことを願って設置。北川さんが説明文を作り、高宮町の田中家石材が碑を製造した。
 北川さんによると、砲弾と機械水雷はいずれも日露戦争(1904年)時に作られたとされ、同墓地内には2つずつある。
 砲弾は当時の陸軍大将・乃木希典が二〇三高地を攻撃している際、日本海戦で勝利した元帥海軍大将・東郷平八郎が戦艦・三笠の大砲を送り、乃木がそれで攻撃して二〇三高地を攻略した時に使われた同種の物だという。機械水雷は東郷がロシアのバルチック艦隊の日本海侵入を阻止するため、津軽海峡に浮遊させた物だという。
 いずれも火薬などは取り除かれているといい、いつから誰が同墓地に保管していたかは不明だが、大東亜戦争時にはすでに同墓地内にあったという。同墓地には日清戦争(1894年~95年)から大東亜戦争までに亡くなった高宮町内の戦没者180数人が祀られており、砲弾と機械水雷は戦没者の名が刻まれた慰霊碑前に保管。2年に1度、北川さんがペンキを塗って維持してきた。
 除幕式には高宮町遺族会の会員や地元の市議ら20人が参加。高宮町の妙蓮寺の平塚志磨人住職が読経した後、北川さんが「この砲弾と機械水雷をこれからも末永く守っていくため、子や孫にお願いしておいてほしい」と話し、参列者全員で「ふるさと」を歌った後、合掌して慰霊していた。

ひこにゃん中国初訪問

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 ひこにゃんが10日、初めて中国を訪問し、彦根の観光PRに努めた=写真は県提供。
 滋賀県の代表団と県民友好交流団などの総勢約100人が滋賀の姉妹友好都市・中国湖南省を9日から13日まで訪問。三日月大造知事や県議会の西村久子議長、ひこにゃんファンクラブの北村昌造会長らも随行した。ひこにゃんは10日に湖南省長沙市の平和堂五一店とその日夜に同市内のホテルで行われた交流会に登場し、彦根をアピールした。
 なお、ひこにゃんの海外訪問は、平成21年のハワイ、同24年の韓国、同25年のフランスパリ、今年7月の米国ロードアイランド州に続いて5回目。

弁護士・司法書士・税理士ら一堂に参加しての遺産相続と遺言についての無料相談会、ビバシティで

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 弁護士や司法書士、税理士らが一堂に参加しての遺産相続と遺言についての無料相談会が、9月19日午後1時~ビバシティ彦根2階の研修室で行われる。
 相談に応じるのは、本町1丁目の石田法律事務所、小泉町の司法書士法人equal、草津市の越智税理士事務所、東近江市の保険代理業・総合滋賀の4事務所の代表または社員の計5人。
 遺産相続と遺言に関しては当事者の死後に家族間でのトラブルが多く、家族が弁護士や司法書士などの事務所を何度も訪問することがあるため、遺産相続と遺言に関する専門家が集まって合同で相談に応じることにした。
 企画した石田拓也弁護士(29)は「相続発生前の不安解消や相続発生後のトラブル防止のため、気軽に相談に来てください」と来場を呼びかけている。
 受付は午後5時まで。事前予約制。定員あり。申し込みはequal☎0749(24)5131。

米国ミシガン州アナーバー市の中高生 広島訪問時のドキュメンタリー映画の上映会

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 彦根市の姉妹都市・米国ミシガン州アナーバー市の中高生が広島を訪問した時の様子をえがいたドキュメンタリー映画の上映会が、今月30日午後1時半~アルプラザ彦根6階の大学サテライトプラザ彦根で行われる=写真は市提供。
 この映画は作品名が「ジ・アメリカン・アンバサダーズ・トゥ・ジャパン」。平成24年秋に使節団員として彦根に派遣された中高生12人の団員募集から帰国までの約1年間を追ったドキュメンタリー。
 一行は11月6日に来日し、彦根観光や市内の中学生と交流した後、終盤の12、13日に広島を訪問。映画では平和祈念資料館で見た原爆による被害の惨状や数々の資料を目の当たりにした米国の中高生の姿が描かれており、中高生たちが事前に作った千羽鶴を掲げる場面も登場する。監督はアナーバー市在住のテレビプロデューサー・長柄克己さん(46)。映画の時間は120分。
 当日は監督があいさつした後、映画上映、質疑応答がある。定員100人。入場無料。申し込みは21日までに市人権政策課☎(30)6113かファクス(24)8577かメール(kokusai@ma.city.hikone.shiga.jp)。
 なお彦根市とアナーバー市は昭和44年に姉妹都市となり、同53年に彦根の中学生4人が県の使節団員としてミシガン州を訪問して以降、相互で交流しており、これまでに彦根から36回・生徒396人、アナーバーから18回・生徒204人が訪れている。
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