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企業による家庭教育力向上の取り組みを支援する「彦根市家庭教育協力企業協定制度」ひこふぁみ創設、第1号は千成亭

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 彦根市教委は企業による家庭の教育力向上に向けた職場環境づくりを支援する「彦根市家庭教育協力企業協定制度(通称・ひこふぁみ)」を創設。その第1号として平田町の千成亭と締結し、25日に協定書を同社へ渡した。
 市教委は子どもを健やかに育てるには学校、家庭・地域、職場が連携して取り組みことが不可欠で、特に家庭と職場の連携が重要だと判断。市社会教育委員の提言を受ける形で、家庭の教育力向上に寄与する企業を支援する「ひこふぁみ」を昨年10月1日に創設した。
 ひこふぁみを導入した企業は、①家庭教育の大切さを従業員に啓発する―を必須とし、②大人の働く姿を子どもたちに見せて、仕事について語り合う③子どもたちの体験活動を支援する④参観日や学校行事、PTA活動など従業員が学校へ行きやすい環境づくりに努める⑤企業独自の自主的な子育て関連事業を行う―から一つ以上を取り組む。市教委は導入企業に、研修会の開催や講師を派遣し、市のホームページ・広報ひこねで企業の取り組みを紹介する。
 千成亭のひこふぁみの取り組みとしては、社内コミュニティーメールでの啓発、中学校の職場体験の受け入れ、彦根YEGわーくメッセで子ども向け体験を実施するとしている。上田健一郎社長は「朝礼の中で家庭教育の大切さについて以前から従業員に話しており、これからもさまざまな活動をしていきたい」と話していた。

ワンランク上の観光へ彦根と多賀が連携組織、専門家によるライトアップや文化イベント開催へ

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 彦根市と多賀町が連携し観光客の宿泊者数の増加策を協議する「彦根・多賀地域連携組織委員会」の最初の会合が26日、彦根商工会議所であった。
 人口減少の抑制と経済の活性化を目指し、これまでよりワンランク上の観光施策にするため、彦根商議所は昨年末、市を通じて内閣府の地域創生加速化交付金「光とアートで発信する付加価値創造事業」を申請。今年3月1日に採択された。
 事業の主な内容は▽ライティングデザイナー監修による彦根城や多賀大社・門前町のライトアップ▽世界のクリエイターから募集してのライティングコンテスト▽今昔・和洋を融合させたコンサートやパフォーマンスイベントなどで、いずれも近江鉄道を活用した彦根・多賀の観光周遊ルートを開発する。予算は彦根が約4818万円、多賀が約3367万円。
 同委員会の会長には彦根商議所の小出英樹会頭が就任し、副会長には大久保貴市長と久保久良町長が就いた。今後、5月の連休明けに彦根と多賀で実行委員会を立ち上げて、ライトアップと文化イベントの各部会を設けて協議。玄宮園のライトアップなど恒例行事とタイアップしながら9月以降、各イベントを実施していく。
 同事業を経ての今年度終了時の指標として、彦根商議所は観光消費額を190億円(平成26年時139億8800万円)、延べ宿泊客数を33万7500人(同31万2200人)にしたい考え。小出会長は「彦根と多賀が地域連携を深めて、官民一帯となって宿泊客を増やしていきたい。ほかの市町との連携も検討していく」と語った。
 また観光地づくりを進める法人(通称DMO)の認可を受け、近江インバウンド推進協議会から生まれ変わる形で4月1日に設立された「近江ツーリズムボード」も同事業に関わる。ライトアップのほか、「食」の開発と情報発信、茶道・座禅・そば作りなど体験型観光、国内外への直接的なプロモーションなどを進める。
 ※(解説)全国各地の大半の観光地では宿泊客をいかに増やすかが「悩みの種」になっている。彦根や周辺市町でも長年の課題だが、ようやく明るい兆しが見えつつあると感じている。
 ライトアップや文化イベントはこれまでにも開催されてきたが、いずれも「一過性」に終わった感は拭えない。しかし、今事業は専門性と芸術性に加え、民間主導に着眼点を置いており、興味深い。
 確かに記者会見でも「一過性」を指摘する意見があったが、近年の彦根の観光をある程度知る小生としては期待感の方が勝っている。是非とも英知を出し合って「全国で話題の」と呼ばれる恒例イベントになり、名実共に観光のまち彦根になってほしいと願う今日この頃だ。       (山田)

古川博康さん「明治・大正・昭和に生きた実業家・古川鉄治郎、そして豊郷小学校」発刊

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 旧豊郷小学校の建設に私財を投じた古川鉄治郎の孫にあたる古川博康さん(68)=兵庫県芦屋市=がこのほど、「明治・大正・昭和に生きた実業家・古川鉄治郎、そして豊郷小学校」を発刊した。
 鉄治郎は明治11年(1878)2月12日に犬上郡(豊郷町)四十九院村で父・半六と母・つねの次男として生まれた。五男二女の子だくさんの家族だったため、あまり裕福ではなかったという。明治20年3月に尋常科至熟学校(現・豊郷小)を9歳で卒業。その頃、伯父にあたる伊藤忠兵衛が古川家を訪れ、鉄治郎の丁稚を依頼したことから、鉄治郎は11歳で大阪に赴いた。そこで修行を重ね、商法の真髄を学び、やがては伊藤忠商店(現・伊藤忠商事)取締役、丸紅商店(現・丸紅)最高経営責任者として経済界で活躍した。
 本では序章「豊郷村における古川家の系譜」で古川家の歴史や鉄治郎の幼少期の生い立ち、第1章「実業家としての古川鉄治郎」で忠兵衛の元で実業家へと成長していく様子を詳細に紹介。第2章「古川鉄治郎がいま語る」では昭和11年1月に鉄治郎らが初代伊藤忠兵衛をしのぶため開催した座談会を鉄治郎の編集・発行で出版された「在りし日の父」の収録内容を公開しているほか、鉄治郎が昭和10年12月に全国ラジオ放送で商人道について語った内容もまとめている。
 豊郷小学校は明治6年5月1日に四十九院の唯念寺に成文学校が創設されたのが始まり。その後、尋常科至熟学校、至熟尋常小、豊郷尋常小、豊郷尋常高等小などと改称。そして昭和10年早春に鉄治郎は当時の校長に寄付を申し出、昭和12年5月30日にヴォーリズ建築による「東洋一の小学校」または「白亜の教育殿堂」と呼ばれる学校が竣工された。総建築費は42万3537円で、当時の町予算(3万7443円)の10倍以上だった。
 本では第3章「古川鉄治郎の為人を偲ぶ」で、二代・伊藤忠兵衛による昭和12年の豊郷小学校の落成式でのあいさつ文や、鉄治郎の弟・義三の兄への思いなどを掲載。第4章「豊郷小学校建築の寄附について」では建築に至る経緯などを、第5章「豊郷小学校創立100年に寄せて」では勤務した元教員の思い出話を載せている。落成時の校舎の写真など初公開の写真も見られる。
 古川さんによると、生前の鉄治郎を知るのは身内の3人ほどだといい「ほとんど知る人がいなくなった中で、鉄治郎の生涯、功績についてこの本で語り尽くすことができたと思う」と話した。本はA5判・210ページ。1350円(税抜き)。発行・公益財団法人・芙蓉会。販売は豊郷町観光案内所(旧豊郷小内)で。

 芙蓉会は5月15日~旧豊郷小学校2階で、本の出版を記念し「豊郷小学校旧校舎群 歴史展」を開く。名建築の歴史を昔の写真やパネルで展示する。入場無料。30日まで。

鉄道風景画家・松本忠さん風景画を電車内に展示「ギャラリートレイン」運行開始

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 創立120周年を迎える近江鉄道の記念企画として、鉄道風景画家・松本忠さん(42)の風景画を電車内に展示する「ギャラリートレイン」の運行が1日から始まった。
 松本さんは昭和48年5月、横浜市生まれ。平成13年に福島県郡山市に移住しアルバイトで生計を立てながら絵を描き、同15年から全国各地で個展を開催。東日本大震災以降は被災した鉄道路線を応援するため、現地の駅を訪れて切符を購入し個展の来場者にプレゼントするなどの支援をしてきた。昨年8月26日から9月1日にかけて愛荘町の藤居本家で滋賀初の個展を開き、売り上げの一部を切符の購入を通じて近江鉄道や信楽高原鐵道の支援にあてた。
 6月16日に創立120周年を迎える近江鉄道は記念企画の第4弾として、松本さんが極細ペンと水彩で描いた風景画の複製を700形の2両編成の「あかね号」に展示。全国各地の鉄道沿線風景や駅舎のほか、近江鉄道の豊郷駅~愛知川駅の複線から単線に変わる場所の「残雪の頃」、新八日市駅の「木のやさしさに包まれて」、創立120周年に合わせて描かれた愛知川・五個荘間の橋の絵「『日々をつないで』120回目の夏へ」も見られる。
 期間中、計300点の作品を車内の中吊りに56点、壁に24点ずつ、4クールに分けて12月31日まで展示する。9月24日に開かれる近江鉄道グループありがとうフェスタに松本さんもゲストとして来場する予定。

平和堂・ブリヂストン彦根工場・キリン滋賀工場「彦根の熱き高校生の街おこしの夢を応援!」企画、高校生対象に彦根を発展させる提案募る

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 平和堂、ブリヂストン彦根工場、キリン滋賀工場は、市内の高校生を対象に彦根を発展させるための提案を募る「彦根の熱き高校生の街おこしの夢を応援!」企画を開始している。
 3社は平成26年から、ものづくり、文化、環境、イベントの4分野で「彦根発 笑顔いっぱいプロジェクト」を実施しており、今回は次世代のリーダーとなる高校生に彦根にまつわる①文化②食③自由にチャレンジ―の3つのテーマについての提案を募集する。
 例えば、外国人観光客向けに観光マップや日本の文化体験ツアーを企画、地元の食材を使った和菓子をプロデュース、商店街のマスコットキャラクターを作る―など。
 対象は市内の県立・私立の8高校と盲学校、鳥居本養護学校の生徒。グループ・個人いずれでも可で、メンバーに以上の生徒が含まれていれば、市外からも応募可。3社では「彦根のまちを元気にする企画を期待しています」としている。
 応募の企画の中から一つを優秀賞とし、「夢」の実現に向けて3社がサポートする。ほかに「笑顔賞」も選定。応募締め切りは6月30日、審査が7月上旬にあり、中旬からその企画の実現に向けた取り組みを開始。11月上旬にビバシティ彦根で表彰式を開催する。
 応募は専用はがきかウェブ(http://www.mira-crea.com/yume-jitsugen/)から。問い合わせは平日に事務局のNPO法人ひこね文化デザインフォーラム☎(23)3383。

相続、遺言、不動産、離婚、交通事故、税金の無料相談会

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 彦根市内の弁護士や司法書士らによる無料相談会が29日に米原公民館(米原市下多良)である。
 小泉町の司法書士法人equal(イコール)、本町の石田法律事務所、草津市の税理士法人GrowUpの専門家計7人が相談に応じる。主な対象は相続、遺言、不動産、離婚、交通事故、税金。米原市外の住民でも受付。
 予約優先。一人40分。開催時間は午後1時~同5時。問い合わせはイコール☎(24)5131。
高宮かがり整骨院でも
 交通事故に関する無料相談会が6月11日午後1時半~彦根市高宮町のかがりの整骨院である。交通事故でのけがの治療、賠償・示談、後遺症認定、保険について、弁護士や理学療法士、柔道整復師、保険代理店主が応じる。予約優先。午後7時まで。問い合わせはかがりの整骨院☎(27)3360。

国登録文化財・秋口家住宅洋館が七曲り通りに移築、鈴木達也さん「古い建物、建築技術残したい」

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 彦根市芹町にあった国登録文化財「秋口家住宅洋館」が七曲り通り沿いの元岡町に移築され、7日に特別公開された。
 同館は大正5年(1916)に歯科医院として建造。施主が職人を神戸の異人館へ連れて行き、建てさせたとされ、外観が洋風になっている。平成23年10月に国の登録有形文化財になった。その後、市の診断で耐震性の問題が明らかになったことなどから、当時の所有者が移築と第三者への譲渡を希望。市職員の鈴木達也さん(29)は市民団体・まち遺産ネットひこねの活動の中で市内の旧城下町や外堀などのマップを作っており、その一環で平成25年秋に同館を訪れた際、所有者から移築の話を聞き、その後 自身で所有して住むことを決断。文化庁の現状変更の許可も得た。
 平成26年10月から解体工事が行われ、翌年8月から元岡町での着工が始まり、瓦屋根の木造2階建てで増築分を含めて延べ122・44平方㍍で今年5月に完成した。外観の色は薄い緑色だったが、景観上の配慮と木組みの隠れた部分の元々の色に合わせて少し赤みがかった白色にした。階段や窓枠なども大正時代のままで、施工した鈴竹工務店(豊郷町)の鈴木大祐社長によると、元々の資材の9割をそのまま活用したという。
 鈴木さんのこだわりで、2階にあった「無用の長物」(通称・トマソン)のドアもそのままにし、鍾馗(しょうき)も付けた。
 鈴木さんは「古い建物が壊されていくのを見ると、彦根が彦根ではなくなる感じがする。古い家を残していく、伝統的な建築技術を継承していくことが大切だと思っている」と話していた。
 6月上旬から住み始め、今後はイベントなどの際に公開していくという。

全国城下町シンポジウム彦根大会21・22日の両日開催

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 全国城下町シンポジウム彦根大会が21、22日の両日、市内で開催される。
 全国各地の城下町に住む青年たちが市民主導の街づくりを目指し、昭和57年7月に長野県松本市で開催して以降、65カ所の青年会議所メンバーによる全国城下町青年会議所連絡協議会が年に1回開催。35回目となる彦根大会は昭和63年の第7回以来となる。
 21日は午前10時半~玄宮楽々園で作曲家の桜井紗良さんが彦根をイメージして作曲した曲を披露するなどのオープニングがある。ほかに、午前11時半~いろは松駐車場に集合し湖東地域の名所などを巡るツアーや午後1時半~彦根城博物館能舞台で彦根ほへと会による狂言などの分科会が開催。
 大手前保存用地では正午~午後7時に「大交流会いいね!城下町の宴」が開催。舞宇夢赤鬼の演舞、各城下町のクイズ大会、ダイアンのお笑いライブ(午後3時~)、歌手の小柳ゆきさんによるスペシャルライブ(午後6時~)、花火打ち上げがある。会場では県内外のフードブースも出店する。21日午後6時半から同9時までは彦根城が開放されてライトアップされた天守が間近で見られる「彦根城夜楽」もある。
 22日午前10時半~玄宮楽々園でのメインフォーラムでは、テレビ番組「世界ふしぎ発見」に出演している浜島直子さんと羽川英樹さんが「見て、触れて、感じた、世界の歴史遺産」をテーマにトークショーがあり、その後滋賀県立大学の中井均教授らが加わりパネルディスカッションも。入場無料。
 分科会の申し込みは16日までに彦根青年会議所☎(22)7522かファクス(22)9018、メール(zenjo.35th@gmail.com)。

熊本地震の被災地へ派遣されていた彦根市職員の帰庁報告と派遣される職員の激励式

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 熊本地震の被災地へ派遣されていた彦根市職員の帰庁報告と派遣される職員の激励式が10日、市役所で行われた。
 派遣されていた職員のうち、被災宅地危険度判定士の鎌足慶樹さん(32)と石田拓馬さん(29)は先月28日から5月2日まで阿蘇郡西原村で、被災建築物応急危険度判定士の善利裕介さん(35)は先月28日から5月2日まで熊本市南区城南町で、保健師の棚瀬恵理子さん(55)は3日から8日まで阿蘇郡南阿蘇村で活動。
 鎌足さんと石田さんは3日間かけて84軒の宅地を調査。石積みのよう壁が崩壊した場所が多く見られたといい、危険な家屋には赤いカードを貼った。壊れた家屋に住んでいる住民もおり「戸惑いながらの作業だった」と振り返っていた。
 棚瀬さんは訪問した64軒のうち33軒で住民と会い、健康状態などを確認。わき水を飲んでいる住民には地震で水質が変わっている場合もあるため、注意を呼びかけた。南阿蘇村は土砂災害や橋の崩落被害があった地区。住民が車で移動する際には地震前よりも3倍近い時間がかかるため、疲れた様子だったという。
 報告を受けて大久保貴市長は「市民を代表して感謝を述べたい。被災地のお役に立てて良かった。彦根の防災にも役立ててほしい」と話した。
 派遣される職員は罹災証明書を発行するための家屋被害認定支援業務を担当する鈴木達也さん(29)と大西嘉雄さん(35)。被害が大きかった被災地の一つの益城町に鈴木さんが14日から20日まで、大西さんが21日から27日まで訪問する。
 鈴木さんは「人手は足りないと思うので、被災地のお役に立てられるよう精一杯がんばりたい」、大西さんは「身が引き締まる思いでいる。責任を持って責務を全うしたい」と話し、市長からヘルメットなどを受け取っていた=写真。

彦根駅西口1階に新たな改札口の設置を求め、彦根選出の県議 細江正人さんが署名簿を大久保貴市長に

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 彦根駅西口1階に新たな改札口の設置を求め、彦根選出の県議 細江正人さん(69)が10日、集めた署名簿を大久保貴市長に渡した。
 彦根駅の改札口は2階にあるが、西口1階に改札口ができた場合、上り線のホームの利用者にとっては2階に上がる必要がなくなる。細江さんも県庁からの帰り道に不便に思っていて、3年前から県交通対策課や大久保市長に陳情していた。
 県市長会や市議会議長会ら6団体でもほかの事項と合わせて、彦根駅西口への改札口の設置をJRに要望していたが、細江県議によると「良い返答はない」という。
 このため細江県議は今年1月から3月末まで西口で署名活動を行い、2093筆を集めた。署名簿を受け取った市長は「長年の懸案事項なので、一緒に頑張りましょう」と答え、今月中に県知事に要望書を提出する考えを示した。

古川鉄治郎の生前最後の写真か ヴォーリズも一緒に写る15日から旧豊郷小学校で初公開

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旧豊郷小学校の設立に私財を投じた古川鉄治郎が亡くなる1週間ほど前に撮影された写真が、15日から旧豊郷小学校2階で開かれる「豊郷小学校旧校舎群歴史展」で初公開される。写真には設計を担当した建築家のウィリアム・メレル・ヴォーリズも一緒に写っており、鉄治郎の意志を引き継いでいる公益社団法人・芙蓉会では、現存する中では鉄治郎の生前最後の写真だとしている。
 鉄治郎は昭和15年(1940)1月19日に急性肺炎で死去。享年63歳だった。芙蓉会によると、写真はその1週間ほど前の1月11日か12日に京都の伏見桃山丸紅クラブの屋上で撮られたという。8人が横一列に並んで撮影されており、中央に鉄治郎がおり、その左隣がヴォーリズだという。鉄治郎とヴォーリズが一緒に写っている写真は旧豊郷小の落成式時のを含めて2枚しか残っていないという。
 鉄治郎は撮影された日の3、4日後に風邪を発症し、豊郷で除隊した長男・博一を迎えた後、病に倒れ、芦屋の自宅で亡くなった。
 芙蓉会が平成23年にコンサートを開催した際、一部の来場者に配ったCDにこの写真データが収録されていたが、歴史展に合わせて調べたところ、生前最後とみられる写真だと判明したという。
 「歴史展」では鉄治郎の孫・古川博康さん(68)が先月発刊した「古川鉄治郎そして豊郷小学校」に掲載されているほかの初公開写真を展示するほか、鉄治郎の年譜や経歴、鉄治郎ゆかりの人の話などをパネルで紹介する。入場無料。30日まで。
講堂で音楽会22日
 旧豊郷小学校講堂で22日午後2時~「とよさと午后の音楽会」が行われる。第1部では旧豊郷小に残るスタインウェイ製のピアノによるピアニスト・加藤希央さんと豊日中学校吹奏楽部による共演とワークショップ。第2部ではソプラノ・チェロ・ピアノの女性演奏家3人による「花のトリオコンサート」がある。
 入場料800円だが、告知チラシ提示で500円に。問い合わせは豊郷町観光案内所☎(35)3737。

花しょうぶ通り商店街から芹町にかけたエリアが重要伝統的建造物群保存地区(重伝建地区)に選定

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 彦根市の花しょうぶ通り商店街から芹町にかけたエリアが市内では初めてとなる重要伝統的建造物群保存地区(重伝建地区)に選定される。国の文化審議会が20日の会議で決定し、文部科学大臣に答申した。
 選定される重伝建地区は河原1丁目~3丁目と芹町の東西約470㍍、南北約620㍍、総面積約5㌶の範囲。江戸時代は城下町の南東部に形成された町人街で、城下町と中山道を結ぶ町並みだった。当時は河原町、袋町、安清町、善利新町と呼ばれ、そのうち河原町が元和4年(1618)以前に、善利新町が寛永18年(1641)に整備されたとされる。17世紀末期には米、油、菓子などの小売店が多く、特にたばこ屋が多数を占めていた。
 文化財課は平成21年度から翌年にかけて同地区で建物調査を実施。同23年度からは地元住民や大学教員らによる伝統的建造物群保存審議会で協議し、保存計画を立てた。同地区には調査した建物を含め、江戸時代から昭和の戦前期に建てられた町家風の建物が88軒残っており、そのうち国の登録有形文化財が5軒ある。
 建物の特徴としては前面に切り妻造りで瓦ぶき2階建ての主屋があり、敷地の背面には土蔵を置いている。花しょうぶ通り沿いには銀行風の近代建築や洋風に改造された建物もあり、近代以降も商業地として栄えた様相を残している。
 ほかの滋賀県内の重伝建地区は近江八幡市八幡、大津市坂本、東近江市五個荘金堂。全国では今回、河原町・芹町地区と名古屋市有松地区が選ばれ、計102件となる。
 河原・芹町の重伝建地区選定に向けてはいくつかの「難関」を突破する必要があったが、地元住民と市の尽力で達成することができた。
 花しょうぶ通り商店街の一部は都市計画道路に指定されていた。また重伝建地区になった場合、「伝統的建造物は外観の変更や解体ができない」「伝統的建造物以外の建て替え時には基準に適合させる必要がある」などの条件があるため、住民との合意形成が必要な状況だった。
 市は平成23年3月に市内の歴史的景観の保存に向けて、彦根市伝統的建造物群保存地区保存条例を制定。同24年11月からは河原町と芹町で住民説明会を開き協議を重ねた。また地元住民たちも同25年1月に「河原町・芹町 美しいまちづくり委員会」を立ち上げ、重伝建地区の選定を目指し活動。「まちなみ相談室」を設けて、相談の受け付けや各戸へのチラシ配布などに取り組んだ。
 選定を受けて、同委員会委員長で花しょうぶ通りのギャラリー力石の所有者・力石寛治さん(78)=平田町=は「生まれ育った町並みが残っていくことが決まり、大変うれしい。この風景を何とか残さなければいけないとの住民の思いが重伝建地区の選定に結びついたのだと思う」と話していた。
 ※解説=河原町・芹町の住民と文化財課が目指していた重伝建地区の指定をようやく手に入れることができる。古い町並みを後世に保存できるという点で小生も安堵している。
 一方で、市内にはほかに芹橋、本町、七曲り通り、高宮、鳥居本の5地区が重伝建地区の候補にあげられるが、年々、古い建物が取り壊されているのは事実だ。
 重伝建地区に指定されるにはまずは地元住民の理解を深める必要があり、まちづくりの先進地として全国的に知られる花しょうぶ通り商店街でさえも、住民の意見をまとめるのには苦労したようだ。
 残された5地区の皆さんには是非、河原町・芹町を手本に前に進めて頂きたい。       (山田)

外堀の発掘調査で石垣や土塁の跡、町家の形跡が見つかる

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 彦根市教委文化財課は、尾末町から佐和町にかけての彦根城の旧外堀の発掘調査で、石垣や土塁の跡、町家の形跡などが見つかったと発表。21日午後1時半~現地説明会を行った。
 文化財課は昭和54年度から旧外堀に関する発掘調査をしており、第5次の調査として彦根観光センター裏手の旧外堀の2カ所(尾末町)と、いずれも佐和町の5カ所で今年4月18日から今月末まで実施。
 旧外堀では堀内と土塁があったとされる場所が発掘され、堀と土塁の接点部分が確認。この場所の堀幅は30㍍弱で、V字型の構造だったとされる。最も深い場所は現在の歩道の擁壁部分に位置するため発掘できなかったが、今後の市道の整備の際に本調査を行い、最深部を確認する予定。
 外堀の肩(端)部分を検出するために掘られた佐和町の場所からは肩は見つからなかったものの、江戸時代の町人地に関する跡が初めて確認。また大正・昭和時代初めにトイレとして使われたかめも見つかった。なお外堀の肩部分は護国神社側の道路にあるとみられ、そこも今後の本調査で特定される予定。
 江戸時代以降、彦根道と呼ばれた通り沿いでの発掘現場のうち、外堀に設けられた門で、参勤交代から帰る際に最初に通る切通口御門の跡からは、石階段の雁木(がんぎ)の痕跡や土塁の基底部が見つかり、門の場所が特定された。
 また切通口御門の前に築かれた土橋の発掘現場からは外堀の石垣が発見された。外堀の石垣は中央町の民家内に残っているが、発掘調査で確認されたのは初めて。石垣の中に詰め込む裏込石には墓石もあったほか、現在の純正寺側の道路に向かって積まれた土手の形跡も確認された。
 文化財課では成果として、外堀跡の詳細な位置や切通口御門の場所の特定、町人地の遺構を初めて確認できた点をあげ、「御城下惣絵図に描かれた内容と幅などが微妙に違う点もあり、意義のある調査だった」としている。
 なお現地説明会の集合場所は護国神社前の市道の付け替え予定地。午後3時まで順次、説明していく。参加無料。雨天決行。小学生以下は保護者同伴で。問い合わせは文化財課☎(26)5833。

平成28年度のひこねお城大使に小山舞海さんと安松花子さん

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 平成28年度のひこねお城大使の選考会がこのほど開かれ、大学4年生の小山舞海(むつみ)さん(21)=平田町=と会社員の安松花子さん(24)=高宮町=が選ばれた。
 今年度は女性11人、男性2人から応募があった。小山さんは「地元の人がもっと彦根を好きに、市外の方には1人でも多く彦根の魅力に気づいてもらえたらうれしい」、安松さんは「彦根には一度訪れれば、とりこになる魅力がたくさんある。その一つ一つを発信し、1人でも多くの人に彦根に足を運んでもらえるようPRしたい」と抱負を述べている。
 2人は今月25日に市長へ表敬訪問し、31日の選任式で前任者からたすきを引き継ぐ。

平田川で地元住民や滋賀大と滋賀県立大の学生たちが粗大ごみの回収作業

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 15年以上前から自転車などの不法投棄物があった彦根市長曽根南町の平田川で22日、地元住民や滋賀大と滋賀県立大の学生たちがごみの回収作業を行った。
 彦根巡礼街道商店街(ベルロード)から琵琶湖までの平田川の川底や川沿いには以前から多くのごみが目立っていた。そのため長曽根南町の喜久川賢造さん(70)が奥さんと一緒に15年前から毎月2、3回のペースでごみ拾いをしてきた。昨年からは地元住民も加わり、清掃活動をしてきたが、ごみの量が減らなかったため、ボランティア団体・サラン彦根の十河勇一さん(53)に協力を依頼。
 快諾した十河さんは、これまでの琵琶湖や山林での清掃活動を一緒にしている滋賀大と県立大のウインドサーフィン部と滋賀大ヨット部に呼びかけ、この日は部員計46人と地元住民15人らが参加。
 ベルロード方面と琵琶湖方面の二手に分かれて、水深約1㍍の川に入りながら、自転車やバイク、電化製品、ペットボトルなどを回収した。大型を除いたごみの量は30㍑袋の50袋分ほどだった。
 喜久川さんは「ごみが無くなり、本当にうれしく思います。このままの状態が後世に残ってほしい」と話していた。

町の方向性示した芹橋二丁目 まちづくり憲章を作成

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 辻番所や足軽屋敷が残る彦根市芹橋2丁目の住民たちが、町の方向性を示した「芹橋二丁目 まちづくり憲章」を作成した。自治会単位で「憲章」を作るのは珍しい。
 芹橋2丁目一帯は江戸時代、彦根藩の足軽・善利組の屋敷があり、幕末期に約700戸の屋敷があったが、現在は約40戸になっており、年々減少。また高齢化世帯や空き家も増えていることから「住民たちの意識が下向きにならないよう」、町の目指す姿を示すことにした。
 憲章の制作には市民有志の団体・辻番所の会が中心となり、昨年6月20日から勉強会を開催。昨年12月には芹橋2丁目の全戸249軒を対象にアンケートも行った。勉強会での内容やアンケート結果を元に、地元住民12人の団体「芹橋二丁目まちづくり懇話会」が憲章を作った。「芹橋二丁目 まち未来物語~まちづくり憲章提案」と題した6ページのA4判の冊子で、400部作成し、ほかの芹橋地区や関連団体に配布した。
 憲章では「歴史に学び現代の暮らしに生かすまち」「住民力を高め災害にも強い安心安全なまち」など5つをまちづくりのテーマに掲げ、これからの姿を目指す上で具体的な例として▽歴史案内板の設置▽芹川並木の保存と水辺の保全▽江戸期の1間半の町割りを生かした街並み整備▽住民による防災会活動の充実▽どんつきの二方向避難路の確保▽防災菜園作り▽空き家利用者とのマッチング▽足軽組屋敷の居住体験などをあげている。
 アンケート調査の結果も紹介しており、芹橋2丁目の特性と課題、まちの将来像などに対する住民の声をまとめている。懇話会事務局長の渡邊弘俊さん(78)は「まちの人が共有できる一つの目標ができたと満足している。これを機に、多くの地域住民の皆さんがまちづくりに協力してもらえれば」と話していた。

震災以降の北海道や青森などの家族を追ったドキュメンタリー映画「風のたより」の上映会が6月4日ひこね市文化プラザで

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 東日本大震災以降の北海道や青森などの家族を追ったドキュメンタリー映画「風のたより」の上映会が6月4日午後0時半~文化プラザで開かれる。
 平成23年3月11日の震災後、田代陽子監督が北海道、青森、福島、東京、神奈川、滋賀などに住む120人の話を聞き回り、そのうちの3家族に焦点をあてて4月から2年間に渡って撮影した作品。
 北海道七飯(ななえ)町で山を開墾しチーズを作っている山田家、洞爺湖で古民家を直してパン屋と古物屋をしている今野家、青森県大間町で漁師をしている山本家などの暮らしぶりを紹介。原発の建設を反対する人々の姿を追ったシーンも登場する。
 田代監督は「一人一人は小さな粒かもしれないけれど、その小さな粒々が世界をつくり、生き生きと暮らしていくことで今よりいい世界になっていくのではないか」とコメントしている。上映時間は191分。
 7年前に田代監督の最初の作品「空想の森」を観賞して感動し、平成22年6月に彦根市内で自主上映会を開いた奥田好香さん(63)=平田町=が再び企画。当日は休憩をはさんで上映会があり、その後には田代監督のトーク会も。入場料は前売り1500円、当日1800円、中学生以下無料。申し込みは奥田さん☎090(7887)4637。

彦根観光協会の職員「専務のパワハラでうつ病」で提訴

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 彦根観光協会の男性職員(40)が5月25日付けで、上司にあたる専務理事(69)からのパワハラでうつ病を発症したとして、専務理事と同協会を相手取り損害賠償など約883万円の支払いを求める訴訟を大津地裁彦根支部に起こしたことがわかった。
 訴状などによると、専務理事は市職員を退職後の平成20年に協会の理事に選任。着任後すぐに男性職員に対し「役所にいる時にも部下を何人も辞めさせた。わしの言うことを聞かなかったらそうなるぞ」と威迫。以降も「理不尽な内容で厳しく叱責することがあった」という。
 今年1月には男性職員に昇給しないことを告げ、3月4日には会長の名前入りの退職勧奨通知書を渡され、男性職員が断ると専務理事は「解雇ということを出されるかもわからん。降格があったり、人事異動があったり、色んなことが起こる」と話し、3月24日には「いててくれることが不利益」と発言し、翌日には始末書を提出するよう求めたという。
 男性職員はうつ病を発症し、3月29日から休職となった。訴状では「専務理事の行為は、職務上の地位を背景に精神的苦痛を与える、職場環境を悪化させる行為であり、パワーハラスメントに該当する」「彦根観光協会は安全な職場環境ではなかった」などとし、精神的苦痛による損害額や治療費などを求めている。
 男性職員は「17年間、彦根を良くしたいという思いでがんばってやってきた。とても悔しい思いだ」と話している。
 彦根観光協会は「訴状が届いていないのでコメントできない」としている。

彦根観光協会の存在意義は?

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 彦根観光協会の職員が専務理事をパワハラで訴えるという事態に陥った。本紙を含む一部のマスコミには4月末以降からその情報が伝えられていたが、裁判までには至らない円満解決を祈っていたのは小生だけではないだろう。ここまでこじれた最大の原因として、小生はこれまでにも何度か指摘しているが、同協会のあいまいな体制にあると考える。
 彦根観光協会は民間企業の社長らが役員を務めているほか、事務局内では専務理事を含む元市職員2人と若手の一般職員が働いている。かつては大手旅行会社出身の職員が自らでツアーを計画するなど民間流の手法を用いる動きも見せていたが、行政側の圧力に押されたのか途絶えて、その後職員の辞職が相次いだことは記憶に新しい。このことは本紙平成24年3月7日付の投書「病巣」でも紹介している。
 彦根観光協会は市の補助金で運営されており、市から天下った職員が監視的な役割を果たすという構図だが、はたして市の下請け的な存在のままで良いのか、疑問が残る。現在の彦根の観光施策は彦根市および彦根観光協会よりも、彦根商工会議所の方が目立っており、これは民間主体の同会議所が行政的な市および協会では前に進まないと見切っているからだと言えよう。
 パワハラに関しては、それに近い行いを含めて行政や民間などであり、小生も報告や相談を受ける場合がある。今回の彦根観光協会の事案は今後、司法の場で争うことになりそうであるため、詳細は記事の内容までにしておくが、休職中の男性職員がはたして「退職勧奨」されるほどの粗相をしたのだろうか。
 いずれにせよ、彦根観光協会は組織体制の改革が急務であり、その存在意義(あり方)を考える時期にもある。「観光」から撤退し「物産」のみにするのか、行政主導のまま宙ぶらりんの目立たぬ存在でいるのか、民間主導に切り替えて名実共に彦根の観光振興に貢献する団体になるのか、市の判断と一圓泰成会長をはじめとした協会役員の力量次第である。【山田貴之】

滋賀国体に向けて、彦根市とびわこ成蹊スポーツ大学「連携および協定に関する協定書」締結、嘉田由紀子学長ら調印式

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 平成36年の滋賀国体に向けて、彦根市とびわこ成蹊スポーツ大学(大津市)は「連携および協定に関する協定書」を締結。2日に彦根市役所で、前知事で同大学の嘉田由紀子学長らが参加しての調印式が行われた。
 協定書によると、市と同大学は、市民のニーズに応じた競技や各種スポーツの普及・講座開講の際に協力する「スポーツ文化の普及・振興」、次世代アスリートの発掘育成やスポーツの専門知識・技術の習得など「競技力向上」、若者世代や女性をターゲットにした運動習慣の推進など「健康増進および体力向上」、市内幼保小中学校への学生サポーターを派遣する「子どもや青少年の教育・健全育成」、インターンシップの促進による地元就職率の向上など「地域活性化および若者定着」の5分野を主な取り組み事例にあげている。
 調印式で嘉田学長は「人々の内面を育てるためにはスポーツと文化の両方がいる。城がある彦根は文化の中心地であり、国体では主会場になる。地域社会の発展へ貢献していきたい」と話し、大久保貴市長は「(策定する)市スポーツ振興計画に大いに協力頂きたい。この協定を契機にスポーツと文化のまちづくりが進むことを願っている」と述べた。
 なお彦根市と大学との協定は、平成17年11月1日の滋賀大学を皮切りに、同18年3月2日に龍谷大学、同23年3月24日に滋賀県立大学と締結しており、びわこ成蹊スポーツ大学が4校目となった。
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